いただきますで、ごはんはおいしくなる?——食べる前の小さな儀式の話
Habits / Research Digest

いただきますで、ごはんはおいしくなる?——食べる前の小さな儀式の話

急いで食べて、味を覚えていない。そんな食事は、意志ではなく食べる前の小さな儀式で変えられるかもしれません。同じ所作をくり返してから口にすると味わいや満足が高まった研究をもとに、今日の一食で試せる形にまとめました。

昼休み、パソコンの前でお弁当をかき込む。メールを打ちながら、気づけば容器は空。

さっき何を食べたか、もう思い出せません。

夜も似ています。スマホを見ながら箸を動かし、味の記憶だけがすっぽり抜ける。

変えるのは、食べる物でも時間でもないかもしれません。効くのは、食べる「前」にはさむ小さな所作のほうです。

同じ食べ物が、儀式のあとでおいしくなった

食べる前に決まった所作をするだけで、同じ食べ物の感じ方が変わる。それを調べたのが、ヴォースらのチームです(2013年、心理学の専門誌に発表)。

4つの実験がありました。参加したのは大学生や一般の大人で、1回の実験は40〜105人ほどです。

最初の実験(52人)では、チョコレートを配りました。

半分の人には、決まった手順を指示します。「包みのまま半分に割り、片方を開けて食べ、それからもう片方を開けて食べる」。もう半分の人は、ふつうに食べました。

同じチョコレートなのに、手順をふんだ人のほうが「おいしかった」と答えました(7点満点で平均5.95、ふつうに食べた人は5.15)。

払ってもいいと思う金額も上がり、口の中で味わう時間も長くなりました。

次の実験(105人)では、あまり好かれない食べ物を選びました。にんじんです。

ここが大事な点です。片方は毎回まったく同じ所作をくり返し、もう片方は毎回バラバラの動きをします。

同じ所作をくり返したグループのほうが、これから食べる楽しみも、実際の満足も高くなりました。ただの動作では、この差は出ません。

さらに、所作のあとに少し間をおいてから食べると、満足はもう一段上がりました。

三つ目の実験(40人)は、レモネードを作る所作でわかれます。自分で作るか、人が作るのを見るだけか。

自分の手で所作をした人のほうが、味を豊かに感じました。見ているだけでは弱かったのです。気分の良し悪しでは、この差は説明できませんでした。

では、なぜ効くのか。四つ目の実験(87人)が、その理由を指し示します。

効いていたのは「のめり込み」でした。所作をはさむと、その食べ物への興味が増し、それが満足や味の感じ方を押し上げていたのです。

下の図が、儀式をはさむ前と後の違いです。

急いで食べる流れは、いつもの一皿からすぐ口へ運ぶだけで、味は素通りし満足もうすい。いっぽう食べる前に同じ所作をしてひと呼吸おく流れは、その一皿にのめり込み、同じ食事でもおいしく感じて満足も高い。ちがいは料理ではなく、どれだけのめり込むかにある、という対比図。
図1: 変わるのは料理ではなく、食事への「のめり込み」(当サイト作成)

見てのとおり、変わるのは料理ではありません。その一皿に、どれだけのめり込むかです。

どの実験も、くじ引きでグループを分けた比較です。ただし人数は少なめで、満足は本人の申告で測っています。

著者自身も、すべての食べ物に効くとは言っていません。まずいものの味を強めれば、かえって逆効果になりうると断っています。

「いただきます」も、この形をしている

研究が効くと見た所作には、共通の形があります。決まった同じ動きを、自分の手で、食べる直前にする。この3つです。

私たちの生活には、その形をした所作がすでにあります。手を合わせて「いただきます」。器を両手で持つ。ひと呼吸おいて箸をとる。

こうした所作は、日本にかぎった話ではありません。誕生日にケーキのろうそくを吹き消すのも、ワインの栓を自分で開けるのも、同じ仲間です。

注意したいのは、研究が「いただきます」そのものを調べたわけではないことです。効くかどうかを決めるのは言葉ではなく、さっきの形(同じ所作・自分で・直前)を満たすかどうか、です。

忙しいと、この一拍は真っ先に消えます。デスクで弁当を開け、スマホを見ながら口に運ぶ。所作のない食事です。

戻すのは、ひと呼吸ぶんの手間です。箸をとる前に、いちど手を合わせる。それだけで、食事に向き直るきっかけになります。

意志ではなく仕組みで日々を整える発想は習慣化の歩き方でも扱っています。

今日の一食で試す手順

やることは、食べる前に小さな所作を1つはさむだけです。特別な準備もいりません。

  1. 所作を1つ決める。 手を合わせる、器を両手で持つ、最初のひと口の前に香りをひと嗅ぎ。どれか1つで十分です。
  2. 毎回まったく同じ順番でおこなう。 日によって変えると効きが弱まります。実験でも、バラバラの動きでは差が出ませんでした。
  3. ひと呼吸おいてから、最初のひと口を運ぶ。 この短い間が、味わいをもう一段引き上げます。
  4. 最初のひと口だけ、味と香りに注意を向ける。 ここでのめり込みが生まれます。
  5. 人任せにしない。 栓を開ける、よそう、器を持つ。自分の手でやると効きます。

まずは1日1食、1週間だけ試してみてください。落ち着いて食べやすい夕食が続けやすいでしょう。

食事そのものを毎日の習慣として根づかせたいなら、続ける仕組みは今すぐの楽しさくり返しの回数にまとめています。今日の話は「続ける」より「味わう」ほうの工夫です。

儀式は万能ではない

効果は、控えめに見ておくのがよいでしょう。研究で観察された差は大きめでしたが、著者はそこに複数の仕組みが混ざっている可能性を認めています。

心を静める働き(マインドフルネスに近いもの)が一部を担っているのかもしれない、とも述べています。まだはっきりしていません。

向かない場面もあります。大人数で急いで回す食事や、所作が義務や我慢になってしまうときです。形にこだわりすぎると、窮屈になって逆に楽しめません。

もともと苦手な味を強めても、うれしさにはつながりにくいでしょう。好きな一皿や、味わう余地のある食事から始めるのが向いています。

むずかしく考えなくて大丈夫です。今日の夕食、最初のひと口の前に、いちど手を合わせてひと呼吸おいてみてください。

同じごはんの味が、少し違って感じられるかもしれません。

Try Today今日からやるチェックリスト

  1. 今日の一食で、食べる前にする小さな所作を1つ決める
  2. その所作を毎回まったく同じ順番でくり返す
  3. 所作のあと、ひと呼吸おいてから最初のひと口を運ぶ
  4. 最初のひと口は、味と香りに注意を向けて味わう
  5. 手を合わせる・器を持つなどは、人任せにせず自分でやる

出典・参考

  1. Vohs, K. D., Wang, Y., Gino, F., & Norton, M. I. (2013) Rituals Enhance Consumption. Psychological Science, 24(9), 1714-1721.journals.sagepub.com
  2. Harvard Business School Working Knowledge: The Power of Rituals in Life, Death, and Businesslibrary.hbs.edu

この記事は、上記の研究をもとに構成しています。 引用・要約は必要最小限とし、詳細は原典をご確認ください。