損失回避で習慣を続ける——ごほうびは「先に渡して、減らす」
「できたらごほうび」を決めても三日で放置。実は同じごほうびでも、先に受け取って『できないと減る』形にすると、人は動きやすくなります。281人の歩数の実験と損失回避の考え方をもとに、お金を使わずに試せるやり方を、限界も添えてまとめました。
「今日できたら、好きなドリンクを1本」。そんなごほうびを自分に決めて、続いたためしがありますか。
最初の数日は効きます。でも1週間もすると、ごほうび自体がどうでもよくなる。ポイントアプリも、気づけば開かなくなっています。
同じごほうびでも、渡し方を変えるだけで、続きやすさは変わるかもしれません。
鍵は「あとでもらう」ではなく、「先に持って、できないと減る」形にすることです。
同じ金額でも「先に渡して減らす」ほうが動いた
手がかりになるのが、ペンシルベニア大学のパテルらが2016年に発表した研究です。掲載誌は Annals of Internal Medicine でした。
参加者は、少し太りぎみの会社員281人。全員が1日7,000歩を目標に、13週間、歩数を記録しました。
参加者は4つのグループに分かれます。ちがいは「同じ金額をどう渡すか」だけです。
- フィードバックのみ: お金はなし。歩数だけ見える
- あとでもらう形: 達成した日に1.4ドル(約200円)もらえる
- くじ形: 達成した日にくじを引ける(平均で1.4ドルぶん)
- 先に渡す形: 月のはじめに42ドル(約6,300円)を先に受け取り、できない日は1.4ドルずつ減る
「あとでもらう」も「先に渡す」も、満額できれば手に入る金額は同じです。ちがうのは、お金が「これから増える」か、「もう自分のもので、減るかもしれない」かだけ。
下の図が、渡し方と、目標を達成できた日の割合です。
見てのとおり、金額は同じです。ちがうのは「先に自分のものにしたか」だけ。あとでもらう形では達成した日が35%、先に渡す形では45%でした。同じ金額でも、目標に届いた日が10ポイントほど多くなっています。
統計的に見て、フィードバックのみをはっきり上回ったのは、先に渡す形だけです。あとでもらう形やくじ形は、差がはっきりしませんでした。
背景にあるのが、カーネマンとトベルスキーが1979年に示した「プロスペクト理論」です。人は同じ大きさでも、何かを得るうれしさより、手にしたものを失う痛みのほうを大きく感じます。これを損失回避と呼びます。
「先に渡す形」は、この痛みを味方につけています。42ドルは、もう自分のもの。サボると、それが目の前で減っていく。だから足が動く、というわけです。
ただし、鵜呑みにはできません。対象は太りぎみの会社員281人で、期間は13週間。歩数という1つの行動を、お金で後押しした実験です。あなたの仕事や勉強の習慣に、同じだけ効くとは限りません。効き方には個人差もあります。
なぜ「ためる」系は続かないのか
ここから、日常に持ち込めます。
続けたい行動に、私たちはよく「できたらスタンプを1個」とごほうびを足していきます。手帳のシール、アプリのポイント。どれも「これから増やす」形です。
これは、実験でいう「あとでもらう形」にあたります。差がはっきり出なかったほうです。
そこで、同じ記録を「先に持って、減る形」に置き換えます。お金は使いません。
たとえば、月のはじめにびんへおはじきを20個入れておく。これは「今月やる予定の回数」です。サボった日は、1個だけ取り出して脇によけます。月末に残ったぶんが、守れた回数です。
数の上では「増やす」でも同じです。でも「もう20個ある。減らしたくない」と感じるほうが、朝の一歩は軽くなります。
似た工夫に、ゴールの一部を先に埋めておく「先取り」があります。そちらは進みを先に持たせる、いわば得の側の使い方で、集める仕組みは続くにまとめました。この記事は、ごほうびのほうを先に持たせる、損の側の話です。
お金や面子を本当に賭けて自分を縛る、強い版はコミットメント装置にあります。まずはおはじき1びんの、軽い損から始めてください。
1つ気をつけたいことがあります。壊れやすい「連続記録」で自分を脅さないことです。1日抜けただけで全部ゼロに戻る作りにすると、損が大きすぎて、かえって心が折れます。減るのは、あくまで1個ずつ。抜けても取り返せる形にします。連続記録の落とし穴は1日サボっても習慣は壊れないにまとめました。
習慣を意志ではなく仕組みで支える発想は、習慣の柱でも扱っています。
今日から試す「先に持って、減る形」
やることは、記録の向きを変えるだけです。お金はいりません。
- 続けたい行動を1つ選び、今月やる回数を決める(3分)。 「週3回歩く」なら、月に12回ほどです。
- その数だけおはじきをびんに入れ、目に入る所に置く(3分)。 これが「もう自分のもの」です。
- できた日はそのまま。サボった日だけ1個取り出す。 増やすのではなく、減らすのが肝心です。
- 月末に残った数を「守れた回数」として記録する。 0に戻さず、翌月はまた満タンから始めます。
ポイントは、減りかたを痛すぎない大きさにすることです。1回で全部失う作りにしない。1個ずつ、取り返せる範囲にとどめます。
うまくいかないとき・向いていない場面
続けても手ごたえがないときは、そもそも減るものに愛着がないことが多いです。おはじきが増えても減っても、どうでもよければ、損は生まれません。「手放したくない」と思えるもの、集めていて楽しいものに選び直してください。
損の形が、かえってつらく感じる人もいます。減っていくびんを見るのが苦しいなら、無理に使わなくていい。その場合は、進みを先に足していく得の形に戻すほうが続きます。合うほうを選べば十分です。
お金を賭けるやり方は、効き目が強いぶん、痛すぎると始めるのが怖くなります。最初は、おはじき1個ぶんの軽い損で十分です。
大きな決意はいりません。今日、続けたい行動を1つ選び、その回数だけびんを満たすところから始めてみてください。
Try Today今日からやるチェックリスト
- 続けたい行動を1つ選び、今月やる回数を決める
- その数だけおはじきをびんに入れ、目に入る所に置く(もう自分のもの)
- できた日はそのまま。サボった日だけ1個取り出して脇によける
- 月末に残った数を「守れた回数」として記録し、翌月はまた満タンから始める
- 減りかたは1個ずつ。1回で全部失う痛すぎる作りにしない
出典・参考
- Patel, M. S., Asch, D. A., Rosin, R., et al. (2016) Framing Financial Incentives to Increase Physical Activity Among Overweight and Obese Adults: A Randomized, Controlled Trial. Annals of Internal Medicine, 164(6), 385-394.(会社員281人・13週間・1日7,000歩。同額の報酬を「もらう形」と「先に渡して減る形」で比較)pubmed.ncbi.nlm.nih.gov
- Kahneman, D. & Tversky, A. (1979) Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263-291.(損失回避=人は同じ大きさでも得より損を大きく感じる、を示した基礎理論)econometricsociety.org
この記事は、上記の研究をもとに構成しています。 引用・要約は必要最小限とし、詳細は原典をご確認ください。